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2007年08月07日
「お盆」とは
お盆(おぼん)は日本で行われる先祖供養一連の行事のことです。
太陰太陽暦である和暦(天保暦などの旧暦)の毎年7月15日の前後四日間に
祖先の冥福(めいふく)を祈る、仏教の行事として認識されています。
各地で行われる「お盆」の行事は、各地の風習などが加わり、宗派による違いなどによって様々ですが、
一般的には、先祖の霊が帰ってくる日と考えられているので(浄土真宗では霊魂が帰ってくるとは考えない)、
日本の「お盆」は祖先の霊と一緒に過ごす期間となっています。
「盆」の明確な起源は分かっていませんが、1年に2回、初春と初秋の満月の日に、
祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事があるといわれていました。
初春の行事が、祖霊の年神として神格を強調した正月の祭事となり、
仏教の行事として行なわれるようになったといわれています。
日本では、606年、推古天皇の時代に、はじめて「お盆」の行事が行われたと伝えられています。
一般的には8世紀頃の奈良時代、夏に祖先供養を行うという風習が確立されたと考えられています。
江戸時代から続く「お盆」様式は、7月13日〜16日の四日間にかけて行われ、
通常、迎え火をたいて死者の霊を迎え、精霊棚(しょうりょうだな)を作って供物をそなえ、
僧による棚経(たなぎょう)を唱え、墓参りなどをし、送り火をたいて、霊を送ります。
現在では、東京の旧家や沖縄県のように陰暦により7月に「お盆」を行う地方もありますが、
全国的には、一月遅れの8月15日前後に行なわれるのがほとんどです。
呼び名は様々で、盆、お盆、盂蘭盆会(うらぼんえ)、精霊会(しょうりょうえ)、
魂祭(たままつり)、うらんぼん、などといわれています。
地方や、仏教の宗派により行事の形態は異なります。
盆とは別に夏に行われる地蔵の法会(ほうえ)は「地蔵盆」と呼ばれています。
「盂蘭盆会(うらぼんえ)」とは
お盆(おぼん)は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」ともいわれ、これはインドの言語の一つである、
サンスクリット語のウラバンナ(意味=逆さ吊り)を漢字で音写したものです。
仏教の教義では、説明できない部分も多く、古くから存在する日本の民俗行事に
仏教行事の盂蘭盆(うらぼん)を簡略化して加え、現在の形が出来たと考えられています。
「お盆」のはじまりについて書かれている「盂蘭盆経(うらぼんきょう)」の中に
「親孝行」の大切さを説いた教えがあります。
釈迦の弟子の中で、神足通(じんそくつう=行きたいところに自由に行ける能力)が一番とされている
目連尊者(もくれん・モッガラーナ)が、ある時、神足通(神通力)により亡き母が飢餓道に落ち、
逆さ吊り(うらぼんえ)にされ苦しんでいることを知ります。
どうすれば母親を救えるのか、釈迦に相談すると釈迦は、
「前世の悪行によって餓鬼道に堕ちた母親は、お前が多くの人に施しをすれば救われる」と説きました。
そこで目連尊者は、釈迦の教えに従い、夏の修行期間(雨安居・うあんご)が終る7月15日に
多くの衆僧に飲食物を捧げて供養しました。
すると、その功徳により母親は、極楽往生が遂げられた。という話です。
これらの故事や逸話などから、(旧暦)7月15日は、父母や先祖に報恩感謝をささげ、
供養を積む重要な日となりました。
「お盆」という言葉の由来
お盆は、仏教用語の盂蘭盆(うらぼん)の省略形です。
盆とは文字通り本来は霊にそなえる供物を置く容器をも意味するため、
供物を備え祀られる精霊の呼称となり、盂蘭盆と混同されて習合したともいう説もあります。
現在でも精霊を「ボンサマ」と呼ぶ地域があります。
「月遅れ盆」とは。月遅れ盆にする理由
日本では7月か8月のいずれかに「お盆」を行うことが多かったのですが
現在では、「お盆」というと月遅れのお盆(旧盆)を指し、
8月15日を中心に、盆行事をするようになっています。
明治初期当時、「お盆」が7月15日では、国民の職業の8割を占めていた農家の人達にとって、
もっとも忙しい農繁期と重なり都合が悪いために、「お盆」をひと月遅らせ、
ゆっくりとご先祖様の供養ができるように8月に変更しました。
お盆行事が行われる日は、日本では国民の祝日ではありませんが、
8月15日前後は平日であっても、多くの人が休日になることが多く、
児童・生徒・学生も大部分が夏休みの最中となっています。
「お盆」は、祖先の霊を祭る宗教行事としてでなく、国民的な休暇、民族移動の時期としての側面があり、
仏教的生活習慣を意識していない人には、お盆(旧盆)は単なる夏休みになっています。
また、8月15日はキリスト教(カトリック)の重要な祭典「聖母の被昇天」であり、
カトリック教徒が多い南ヨーロッパや中南米では盛大な祭典が開かれます。
「お盆」の全国的な風習
お盆は、その行事の内容や風習は地方それぞれにさまざまに多様化しており、
定石と呼べるようなものがないために注意が必要です。
お盆の期間は、故人が家に戻ってくるとされているために、
「先祖の霊が帰ってくる際の目印として、家の門前に火を灯す」という風習から、
「お盆」初日の13日に、迎火(むかえび)と呼ばれる、野火(提灯などの灯り)を設え、
これで故人を家に迎え入れる、とされています。
新盆・初盆を迎える家は、墓が住居敷地内や近所に設えてあった古い時代には、
提灯を持ち、墓まで霊を出迎えに行ったそうです。
故人を家に迎えたあと、僧を招いて読経し、供養します。
この読経のことを棚経(たなぎょう)といい、供物を供える棚「精霊棚」の前で読む経の意味です。
地方により、「お盆」の期間中は、精霊棚、または盆棚とも言われる位牌を安置し、
お供えをする棚を設えます。
精霊棚には、故人の霊魂がこの世とあの世を行き来するための乗り物として、
「精霊馬」(しょうりょううま)と呼ばれる、キュウリやナスなどの野菜で作る動物を飾ることがあります。
4本の麻幹あるいはマッチ棒、折った割り箸などを足として差し込み、馬と牛に見立てます。
キュウリは足の速い馬に見立てられ、あの世から早く家に戻ってくるように、
また、ナスは歩みの遅い牛に見立てられ、この世からあの世に帰るのが少しでも遅くなるように、
また、供物を牛に乗せてあの世へ持ち帰ってもらうなどの願いがそれぞれ込められています。
精霊棚などの風習が常識とされる地方もある反面、そういった風習が全くない地方もあります。
盆が終わる16日の野火を送火(おくりび)と呼び、故人を彼岸に見送ります。
ちなみに、この世は此岸(しがん)、あの世は彼岸(ひがん)といいます。
新盆・初盆とは
人が亡くなり49日法要が終わってから最初に迎える「お盆」を、
特に「新盆(にいぼん)」または「初盆(はつぼん)」と呼び、
特に厚く供養する風習が残っています。
地方によって異なりますが、初盆の家庭では門口や玄関、お墓に白一色の盆提灯を立て、
初盆以外のお墓には白と赤の色が入った提灯を立てるなどの儀礼が行われる地域もあります。
初盆の場合は、親戚から提灯を送るのが習わしです。
正式には初盆の家の家紋を入れた白い提灯を送るのがしきたりですが、
この白い提灯は初盆にしか使用できません。
初盆で使った後は、送り火で燃やしたり、菩提寺に納めるのが一般的です。
最近では毎年使えるように蓮(はす)などの絵柄のついた提灯を贈ることの方が多いようです。
なお、49日前に「お盆」の日を迎えた場合は、その年の新盆の行事は行わないようです。
精霊流しとは
さだまさしの昔のヒット曲に「精霊流し」がありますが
精霊流しとは、長崎県内各地でお盆に行われる伝統行事で
初盆を迎えた故人の家族らが、盆提灯や造花などで飾られた精霊船(しょうろうぶね)
と呼ばれる船に故人の霊を乗せて、流し場と呼ばれる終着点まで運ぶ。
盆提灯と呼ばれる特別な提灯を仏壇の前に飾ったり
木組に和紙をはりつけた灯篭を流す灯篭流しや、
提灯を小船に乗せたようなものを川などに流す地方があります。
地方によっては「施餓鬼」(せがき・きこん)と呼ばれ、
餓鬼道に陥った亡者を救ったり、餓鬼棚と呼ばれる棚を作り、
道ばたに倒れた人の霊を慰めるなどの風習もお盆の頃に行われます。
供物を川や海に流す「灯篭流し」や「精霊流し」は、
最近では河川の汚染防止のため禁止されることも多くなっているために、
菩提寺へ納めたり、送り火の時に燃やすのが一般的になっています。
盆踊りの起源、由来、いわれ
盆踊りがはじめてできたのは平安時代だといわれています。
空也上人によって始められた念仏踊りが、盂蘭盆(うらぼん)の行事と結びつき、
精霊を迎え慰め、彼岸に送り返すための仏教行事の一つになっていったようです。
太鼓などをたたいて音を鳴らして踊るようになったのは、
室町時代の最初の頃といわれています。
また、戻ってきた霊が供養のおかげで成仏できた喜びを
踊りで表すなどと伝えられている地方もあります。
もともと「盆踊り」は7月16日の夜に、寺社の境内に老若男女が集まり
死者を供養するために踊り明かすことをいったようです。
電気など無い時代、旧暦の7月15日は十五夜(じゅうごや)、翌16日は十六夜(いざよい)。
どちらかの日に月は望(望月=満月)になるそうです。
晴天であれば16日の夜は月明かりで明るいために、夜通しで踊りました。
また、宗教性を避けて「盆踊り」とは呼ばない、祭りや踊りもありますが、
それらも「盆踊り」に繋がるものだと思われます。